元チェルシーのFWファビオ・ボリーニ(35)が、現役からの引退を発表しました。
ボリーニは10月7日に自身のSNSを通じてプロサッカー選手としてのキャリアを終えることを明らかにしました。
リバプールやサンダーランド、ミランなど複数のクラブでプレーしたボリーニですが、そのプロキャリアの出発点となったのがチェルシーでした。
ボローニャからチェルシーへ
1991年3月29日生まれのボリーニは、地元イタリアのボローニャで育成を受けた後、2007年にチェルシーのアカデミーへ加入しました。
当時16歳だったイタリア人ストライカーはイングランドへ渡ると、すぐに下部組織で頭角を現します。
2008/09シーズンにはリザーブチームで11試合10ゴールを記録してチームのトップスコアラーとなり、トップチーム昇格へ大きく近づきました。
アンチェロッティの下でトップチームデビュー

2009年夏にカルロ・アンチェロッティが監督に就任すると、ボリーニはトップチームに入りました。
2009年9月20日、スタンフォード・ブリッジで行われたトッテナム戦で待望のトップチームデビュー。
チェルシーが3-0でリードしていた89分にアネルカとの交代でピッチへ入りました。
わずか3日後のリーグカップ、QPR戦では初先発を果たし、90分間プレー。
さらに同年12月にはAPOELとの試合でチャンピオンズリーグデビュー。
FAカップでもワトフォード戦、カーディフ戦に途中出場するなど、19歳になる前から複数のコンペティションでトップチームを経験しました。
2009/10シーズンは公式戦8試合に出場
ボリーニがチェルシーのトップチームで最もプレーしたのは2009/10シーズンでした。
公式戦の内訳は、
- プレミアリーグ:4試合
- FAカップ:2試合
- リーグカップ:1試合
- チャンピオンズリーグ:1試合
- 合計:8試合
- 得点:0
となっています。
出場時間自体は決して多くありませんでしたが、このシーズンのチェルシーはアンチェロッティの下でプレミアリーグとFAカップを制覇。
クラブ史上初となるリーグとFAカップの「国内2冠」を達成したチームの一員でした。
特に当時はドログバ、アネルカ、カルー、スターリッジらが前線におり、若手ストライカーにとってトップチームで継続的な出場機会を得ることは簡単ではありませんでした。
それでも10代でチェルシーのトップチームに入り、プレミアリーグ、FAカップ、リーグカップ、チャンピオンズリーグのすべてに出場した経験は、その後のキャリアにつながっていきます。
スウォンジーへのローンで才能が開花
2010/11シーズンはトップチームで出場機会を得られず、シーズン途中にチャンピオンシップのスウォンジーへローン移籍しました。
ここでボリーニは一気に存在感を示します。
リーグ戦と昇格プレーオフを合わせて12試合に出場し、6ゴールを記録。
当時スウォンジーを率いていたのは、後にリバプールでも再会することになるブレンダン・ロジャーズでした。
スウォンジーはこのシーズンにプレミアリーグ昇格を達成。
チェルシーでは十分な出場機会を得られなかったボリーニでしたが、ローン先でストライカーとしての能力を証明しました。
チェルシー退団後はイタリア、そして再びプレミアへ
チェルシーを離れた後はパルマを経てローマへ加入。
2011/12シーズンにはセリエAでゴールを重ね、その活躍を評価されて2012年夏にリバプールへ移籍しました。
リバプールでは負傷にも苦しみましたが、2013/14シーズンにはサンダーランドへローン移籍。
プレミアリーグ32試合で7ゴールを記録し、リーグカップでも5試合3ゴールを挙げました。
その後サンダーランドへ完全移籍し、さらにACミラン、エラス・ヴェローナ、ファティ・カラギュムリュク、サンプドリアなどでもプレー。
2025/26シーズンにはイングランドへ戻り、サルフォード・シティでプレーしました。
イタリア代表としても各年代の代表チームを経験し、A代表では1試合に出場しています。
チェルシーで始まった約20年の欧州キャリア
チェルシーでのトップチーム出場はわずか8試合。
数字だけを見れば、クラブ史に大きな記録を残した選手とは言えません。
しかしボリーニは、2000年代後半からチェルシーがアカデミーの若手をトップレベルへ送り出していく過程を象徴する選手の一人でもあります。
16歳でイタリアを離れてチェルシーへ加入し、リザーブでゴールを量産。
そしてアンチェロッティ率いるトップチームへ昇格し、ドログバやアネルカらとともにプレーしました。
その後はチェルシーを離れたものの、スウォンジー、ローマ、リバプール、サンダーランド、ミランなどイングランドとイタリアを中心に長いキャリアを築いています。
チェルシーでトップチームに定着することはできませんでしたが、スタンフォード・ブリッジでプロキャリアへの第一歩を踏み出し、その後15年以上にわたって欧州各国でプレーを続けました。
チェルシーから始まった長い現役生活、本当にお疲れさまでした。



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